四国大規模停電時の潮流変化から考察する原因
この記事は、以下のゲスト執筆者によって執筆されました。当方は、一部図の作成や校正を担当しました。本記事はあくまで一介の大学院生2名が執筆したものであり、内容の正確さは保証できません、ご了承ください。
ゲスト執筆者について
私、 みやび といい、某 東京○○大学の修士課程2年生です。もうじき修了ですね・・・・
実は私、小学生のときから、電気が好きでして、趣味は送電線巡りです。マニアックな趣味なんで知らない人が多いと思いますが、送電鉄塔の名前と番号を見て、地図に登録してマップを作ってみたり、写真を撮ってみたりということをしています。
それに、最近は全然更新していないですが、「送電線巡り」というタイトルでホームページも開設しています。興味あったら是非覗いてみてください。m(__)m
ホームページですが、開設したのはかれこれ10年前、私がまだ中学生のときでした。いろいろ勉強する中で、電気とは別の分野に興味が出たりなどしましたが、 なんだかんだ今も電気について興味をもっていて、しかも、修士課程では直流送電の研究をしているのです。 なんか、10年たってもこうして1つのことに興味を持ってやり続けてるんだと思うと、もう私にはこの分野しかないなぁと思う次第です。あ、そうそう、来年からは博士課程行きます。好きを極められたら最高ですね!
自己紹介はこれくらいにして、本題に入りましょう。
運が悪い?????
ことの始まりは、大規模停電が発生する前日の11月8日にさかのぼります。
それは、2回線ある本四連系線のうち、2号線の作業停止です。
そもそも、この本四連系線は四国と本州(中国電力)を結ぶ
交流
送電線であり、通常時は本州と四国は交流の2回線で結ばれています。
この送電線は、瀬戸大橋の区間はケーブルであり、ほかの区間は架空線(街中でみる鉄塔とかですね)によって構成されており、以下のような構成になっています。
讃岐変電所(四国)ー架空線ーケーブル(瀬戸大橋)ー架空線ー東岡山変電所(中国)
作業内容は、ケーブル接続部細密点検、電線路細密点検、不良碍子検出、碍子清掃、電線圧縮接続部点検です。
いうなれば、地絡事故を未然に防ぐための点検です。
この点検期間中、もう片回線は運用していまして、 実際に電力をみると、確かに送電されていることがわかります。
このグラフ、横軸が時間(~時)、縦軸が有効電力で、正の場合は中国電力から四国電力の向き、 負の場合は四国電力から中国電力の向きに送っていることを表しています。グラフには、いろんな色がありますけれど、とにかく赤線が計画している電力、黒線が実際の電力です。この日は、大体あっていたんですね(以下、本記事中に使用されている潮流グラフ・運用実績は電力広域的運営推進機関が提供する系統情報サービスより、一部改変して使用しています)。
そして、何事もなく一日を終えました。めでたし。めでたし。
何もないって、平和ですね!
「運命の日」(2024-11-09)
さぁ、運命の日がやってきてしまいました。
11月9日14時21分、1回線で運用中の本四連系線で、まさかの地絡事故が発生しました。点検中でない方で地絡事故が起きるなんで、なんて運が悪いんでしょうか。
実際に、本四連系線の電力を見てみますと、一気に低下してゼロまで行っていますね!
この時間、落雷が発生しているわけでもないので、ケーブル区間で地絡事故が起きたんではないか と思っていますが、どこで発生したのか情報が出ていないので、確かなことはわかりません。はやく情報が欲しいところです。
救世主?のHVDC
HVDCって何ぞや?
これはHigh Voltage Direct Current略称で、高圧直流ということです。
実は四国と本州は、中国電力と交流送電線でつながっているだけではなく、
直流
送電線によって関西電力ともつながっているのです。
名称は紀伊水道直流連系設備で、送電線の名前自体は、阿南紀北直流幹線といいます。
徳島県の阿南変換所と和歌山県の紀北変換所を結んでいる線です。
この2つの変換所は、交流と直流を変換する働きがあり、交流である四国電力と同じく交流の関西電力を、一度直流に変換して連系しています。
全体像は、こんな感じです。
中国電力と四国電力の間は本四連系線の2回線、中国電力と関西電力の間は4回線で連系しています。余談ですが、東北電力と東京電力を結ぶ東北東京間連系線は現状2回線で、3年後には4回線になります(絶賛工事中)。
上の図を見て何か気が付きませんか?
そう、四国電力、中国電力、関西電力で、ループありますね!
もし、四国電力と関西電力の連系線を交流にしてしまうと、交流のループができあがります。
交流でループをつくることで電力の制御が難しくなってしまうことがあるので、四国電力と関西電力の間はループにせず、直流としたのです(一応ほかにも理由はありますが)。
このような場所は、中部電力-北陸電力-関西電力にもあります。
北陸電力と中部電力の間に南福光連系所があり、 同じく直流を一度介してつなげています。この連系所は敷地内で交流直流交流の変換が行われているので、 敷地外に直流送電線は出ていませんが・・・
なお、そんな南福光もあと3年ほどで廃止になり、ついに交流のループで運用することになります。廃止になる前に、早く見に行かないと~
供給過剰をHVDCで抑え込め!
ここで注目していただきたいのは、事故直前に電力はどちらに流れていたのかです。
本四連系線は、1159MWを中国電力へ、阿南紀北直流幹線は73MWを関西電力へ送電していたということです。このおかげで、発電電力と消費電力のバランスをうまく保って60Hzにしていたわけです。
ところが、本四連系線で地絡事故が起きてしまったために、1159MW分の電力の行き場がなくなってしまいました。中国電力に送ることで消費していたはずの電力が、地絡事故によって消費できなくなり、発電電力は変わらないけど供給が多いという状況になってしまいました。
さて、この状態で放置しておくと、周波数はどんどん上昇していってしまいます。
周波数は下がるのも上がるのもダメで、常に一定の範囲内に収めなければなりません。(電気事業法で規定された範囲におさめなければならないとも決まっています。)
どうすればよいかというと、
供給を減らす
か
消費を増やす
かさえすればいいわけです。当日は、この両方で大規模停電を回避していた模様です。
火力発電で供給を減らす
ここで、需給実績を見てみますと、地絡事故の時間帯で石炭火力が下がっていることがわかります。
四国電力管内にある火力発電所で石炭を使用しているのは、以下の通りです。
- 橘湾(四国電力)
- 西条
- 土佐
- 壬生川
- 新居浜西
- 橘湾(電源開発)
ここで、OCCTOの提供するユニット別発電実績を見ると、電源開発の橘湾火力の発電電力量が減っていることがわかります。なので、本四連系線の地絡事故後、電源開発橘湾火力発電所2号機が脱落したことで、供給を減らすことができたようです。
また、四国電力送配電のニュースリリースにおいて四国エリア電源遮断とありますから、発電機の脱落は起きていたと思われます。
HVDCで消費を増やそう
電源開発の橘湾火力発電所の出力は1050kW(105万kW)ですが、地絡事故発生前の発電電力は、172000 kWh/0.5 h = 342 MWほどだっと思われます。
仮に発電設備がすぐに応答したと仮定して、本四連系線が中国電力へ送っていた1159MWから差し引いても、まだ817 MWも供給が多いことになります。
そこで、HVDCの出番です。HVDCは変換器の制御によって、送電する電力を自由に、そして
すぐに
変えることができます。
この機能を使わない手はありません。
この機能はEPPS(Emergency Power Presetting Switch)と呼ばれており、このEPPSによってすぐに約800MW分を関西電力へ送ってしまえばよいわけです。
実際、阿南紀北直流幹線の電力を見てますと、急激に増加していることがわかります。
OCCTOのグラフの縦軸が限界突破してバグっているので、新しく書き直したグラフがこちら。
EPPSの動作によって、だいたい755MW急増しています(マイナスは関西方面に送っていることを表している)。
つまり、HVDCによって地絡事故による大規模停電は回避できていました。素晴らしいですね!。
「孤立」した四国系統
これで本四連系停止による大規模停電は免れたわけですが、結果として四国は本州と直流送電線1本だけで接続された状態になりました。
つまり、四国系統は本州系統と非同期で連系されることになりました。
詳細は末尾で解説していますが、簡単に説明すると、交流送電線で連系されていると接続された先の系統の周波数に合わせて発電機が回転してくれるので2つの系統間で同期が取れるのですが、直流送電では一度直流に変換するので、その同期が取れなくなってしまいます。そして、2つの系統を再び交流で接続するには同期を取る必要があります。これがプレスリリースに記載されている「同期並列操作」です。
非常に大きなパワーがやり取りされている電力系統の同期操作を行うのは簡単ではなく、その操作を行っている最中に大規模停電が発生することとなります。
EFCで四国系統をサポート
本四連系停止後から停電発生直前まで、四国系統の周波数維持にはHVDCのEFCと呼ばれる機能が貢献していました。こちらはEmergency Frequency Controlの略でして、あまり詳しい文献が見つからないのですが、プレスリリースには「DCの潮流を変化させ四国エリア内の周波数を本州エリアに合わせる機能」とあります。
消費される電力も、太陽光によって発電される電力も、刻一刻と変化します。このとき、発電電力が多い場合にはHVDCを介して本州(関西電力)へ送ってしまえばいいわけですし、逆に、発電が少ない場合にはHVDCを介して本州(関西電力)からもらえばいいわけです。
すなわち、四国電力管内の周波数が本州エリア(この場合は関西電力の60Hz)にできるだけ近くなるように、HVDCの電力を調整すればいいわけです。
さきほどの図を見ても、EPPSの後、数時間は紀伊水道HVDCの電力がふらふらしていることがわかります。これは、EFC機能が四国の周波数を保とうとしている証です。
救世主だったはずのHVDC
ここまでの流れをまとめると、本四連系の地絡事故によって大量の電力余剰が四国系統で発生しましたが、火力発電の発電量を制御したり、HVDCのEPPSによって即座に余剰分を本州に送電したりすることで大規模停電は免れました。しかしながら、四国系統は直流送電1本で本州に連系される状態になり、本州と同期が取れなくなったことによって本四連系の再起動は難しい状況となりました。
「EFC停止」にEPPS停止は含まれるのか
そして、四国電力送配電は20時頃より、四国系統と本州系統の同期を取る作業を開始します。ところが、なぜか、うまくいきません。
これが、EFCの制御が悪いということが判明しました。
この理由は現時点では不明ですが、同期を取るために四国電力管内の発電電力を変化させてもEFCによって変動分がすぐに吸収されてしったのではないかと考察しています。
そのため、四国電力はEFC機能の停止(+EPPSも停止させるという認識)を関西電力に依頼します。
ここで、認識の違いが生じています。四国電力はEPPSとEFCの両方の機能を停止させるはずだったのに対して、関西電力はEFCのみを停止させました。
EPPSの想定外起動による需給バランスの崩壊
EFCを解除する直前、阿南紀北直流幹線は、四国電力から関西電力へ78MWの電力を送電していました。つまり、消費よりも発電の方が78MW(7万8千kW)分多いということになります。
ここで、関西電力はEFCのみ停止させました。すると、突如EPPSが動作し、送電電力が約8倍の619MWまで急増しました。四国電力管内にとってみれば、消費が一気に増えたわけです。でも、発電電力は急激には変化しないものですから、そうなると、周波数はどんどん下がっていってしまいます。
崩れた需給バランスを復旧し、更なる大規模停電を防止するために早く周波数をもとに戻す必要があります。消費が多いわけですから、消費を減らせばよいわけです。
すなわち、無理やり停電させてしまえば消費を減らすことができます。
この機能は、周波数低下リレー(UFR)が担っており、ある周波数を下回ったり、またある時間が経過したりすると自動的に負荷を切り離します。
言い方は悪いですが、他を守るために切り離すのです。
もしも、電力会社管内すべてが停電するブラックアウトに陥ってしまうと、復旧作業も大変になりますので、最終手段です。
記憶にある方もいるかと思いますが、2018年の胆振地震ではブラックアウトが発生してしまい、復旧までには時間がかかってしまいました。(状況は異なるので一概に比較はできませんが。)
ここで、四国エリアの周波数がどれほどまで下がったのかというと、58.3Hzです。この周波数の低下によって、約500MW(50万kW)分の負荷が切り離されました。HVDCが増やした619MW分に近いだけの負荷が切り離されていることがわかります。
これにより、ブラックアウトは免れましたが、大規模停電を引き起こす結果となりました。
EPPS起動からUFRによる負荷遮断はあっという間の出来事で、EPPSを途中でやめるという選択をするのは難しかったのではないかと思います。
EFCを止めるとEPPSが動作した理由
なお、EFCを止めたらなぜEPPSが起動したのかはまだ明らかにされていません。
ここからは完全な推測になりますが、EFCの指令値がEPPSの指令値を上書きするような形で制御されていて、EFCを停止したらEPPS指令値に切り替わったのではないかと思います。
(以下、T.Ueda推測)あるいは、プレスリリースに『潮流増加後、当初計画の7万kWに戻すよう調整を実施』とあるので、EPPS指令値をいじって潮流を減らしていたところで、本四連系をいじったらEPPSに信号が入って初期値のフルパワーになったんじゃないかと思います。
どっちの推測が当たっているか、あるいはまったく異なる要因なのか、今後の報告書が待たれます。
まとめ
ここまでだらだらと書いてきましたけど、結局、発電電力と消費電力を一致させるためにいろいろと工夫をしているわけです。
地絡事故の後、HVDCのEPPSやEFCの機能は需給バランスを早急に改善する良い方向に働きましたけど、HVDCの機能の使い方を誤ると需給バランスを乱してしまうという悪い方向に働くことにもなってしまうわけですね。
系統運用って、大変ですね。
日々、需給バランスが崩れないように、取り組まれている電力会社には本当に感謝です。
解説:系統の同期と非同期連系
みなさんご存じの通り、火力などの発電所ではお湯を沸かして蒸気を作り(原始的ですね)、
タービンによって発電機を回しています。
これらの発電機は三相の交流電圧を作りますが、通常時、この発電機の交流電圧と系統の交流電圧の位相差は常に90度より小さい値となっており、このようなときには安定的に発電して電気を送ることができます。
これが「同期が取れている」状態です。
その一方で、この位相差が90度より大きくなってしまうと、
安定的に送れなくなってしまいます。
なので、常に90度より小さくしておく必要があります。
90度より小さいときには、同期を保っているなんて言います。
今は、発電機と系統の話をしましたが、これは連系線でも同じです。
上の図で発電機電圧としていたのが、別の系統の電圧となります。
このときも、発電機と同じ感じで、同期連系しているといいます。
同期連系
例えば、同期連系している例としては、事故前の中国電力と四国電力になります。
地絡事故発生前は、中国電力と四国電力は本四連系線の1号線によって同期連系していました。
非同期連系
一方で、日本には、非同期連系の系統もあります。それは北海道電力になります。
北海道の交流系統と東北電力の交流系統は、
北斗今別直流幹線、北本直流幹線を介しているため、
同じ50Hzであっても、位相差が必ずしも90度より小さいとは限りません。
事故後の本四系統
本四連系線2号線の停止中に1号線で地絡事故が発生したことで、中国電力と四国電力は切り離されましたが、
まだ、阿南紀北直流幹線によって関西電力とは結ばれています。すなわち、北海道電力と東北電力のように、
四国電力と関西電力は非同期連系の状態となりました。
「まぁでも、1号線がだめなら、本四連系線の2号線で中国電力と四国電力をつなげばいいんじゃない?」
と思った方、その通りです。
しかし、これが少しばかり難しいのです。
地絡事故によって四国電力管内の需給バランスが崩れたことで、位相差が大きくなってしまいました。
よって、このままでは連系することができません。
そのため、四国電力管内で需給バランス(すなわち周波数)を変えて、うまいこと位相差を調整する必要があるのです。
最後に、ゲスト執筆者のみやびさん、この度は記事の執筆をしていただきありがとうございました。
そして、ぜひ送電線巡りもご覧ください。