タクテク2
昭和歌謡好き大学院生の雑記

バブルの面影を探しに:清里一人旅

1:昭和が面白い

 筆者は2000年生まれで思いっきり平成世代なわけですが、(良くも悪くも)バブル期って今では想像できないような流行が多くて面白いですよね、間違ってももう一度あんな時代になってほしいとは思いませんが。

 そんなバブル期のよく分かんない流行の一つに清里ブームがあります。詳しくはWikipediaでも見てほしいですが、なぜか都心から電車で3時間もかかる山梨県の清里高原に観光客が押し寄せ、坪単価が500万円を超えたというものです。バブルの崩壊とともにブームも終わり、今は多くの店舗が閉鎖されたまま残っているとのこと。

 というわけで、普段は2日に1回の買い物以外で外出することはない筆者が片道3時間以上をかけて今の清里はどうなっているのかを確認してきました。清里は高原なので当然ですが山地にあり、交通の便はそんなによくないです。それなのに当時はよく人が押しかけたものだと思いましたが、バブル期はスポーツカーをブッ飛ばして移動していたイメージがあるので問題なかったんでしょう。

 YouTubeに当時の映像がアップロードされていたので、観光客が押しかけている様子が確認できます。当時のまま残っている建物も多いので、この映像を見てからこの記事を読むと面白いかもしれません。

2:特急「あずさ」に見るIT

経路

 都心から清里への具体的な経路は、特急あずさで新宿から小渕沢まで移動→小海線に乗り換え、3駅で清里という感じで約2時間30分、5000円前後で行くことができます。筆者はほぼ外出をしないため特急電車なんて乗ったことがなく、「特急 乗り方」を検索することに。

運賃

 結果、特急券ネットで購入することができ、しかも前日までに予約すれば乗車券とセットで10% OFFになることが判明したので早速予約することに。切符は駅の券売機でQRコードを読み取ることで発券されるようです。そして、特急券と乗車券が一緒になった切符を普通に改札に通せばOK、簡単です。

E353

 あずさに使用されているE353系は運用開始が2017年と結構新しい車両ということもあって

という感じで長旅でも非常に快適でした。

運賃

 そんな車内設備の中で、地味だけどめっちゃ便利だと感じたのがこれ、頭上にある空席表示ランプです。これは

という感じで各座席の予約状況をリアルタイムで表示します。これがあることで指定席あるあるの隣は空いているのか否かというのが一目でわかり、しかも緑のランプの席に座っていて、かつ他の乗客とのコリジョンが起こっていない⇒正しい位置に座っているということになるので車内改札を省略できるというスグレモノ。昨今は口癖のように「IT」とか「DX」とかが叫ばれていますが、なんか久しぶりにITの正しい使い方を見た気がします。

小海線 気動車

 小渕沢駅で小海線に乗り換えるのですが、ここからは単線+気動車+ワンマンで一気に田舎感が出ます。そして小渕沢から清里まではわずか3駅なのに26分もかかります。そういえば、山がちなのに「やまなし」、海がないのに「小海」…

3:圧倒的な標高

街並み1

 そんなこんなで自宅を出て約3時間30分、周囲はしっかりした装備を持ったハイキング客ばかりの中、ひとりいい加減な防寒対策+A4サイズのビジネスバッグという場違いな服装の筆者が清里駅に降り立ちました。筆者は人混みが嫌いなので平日に行ったということもありますが、それにしても人気がありません

標高

 ちなみに、駅ですでに標高1275m、JRの駅で2位のようです。清泉寮はここから更に坂を上るため標高は1400mを超えますが、最高峰が氷ノ山:1510mである兵庫県出身の筆者からすると圧巻です。

気温

 標高が高いのでもちろん気温も低く、10月末の晴天の日であっても当然のように気温は1桁なので筆者のようにいい加減な防寒対策で行くのはやめましょう

駅舎

 というかめちゃくちゃ天気がいいです。久しぶりにPLフィルターが役立ちます。

4:(物理的に)崩れゆくバブルの面影

駅前通り1

 清里といえば清泉寮ですが、その前に駅周辺を見てみましょう。まず、駅の目の前に凝った作りの建物がありますが売物件

駅前通り2

 目の前にある通りも、何というか終わってる感があります。なんか「ANGEL おみやげ」と書かれた青色の建物がやたら目立ちますが、もちろん閉業。看板の昭和感がたまらない。

ミルクポット 外観1

 そして、清里ブームの中心であったであろう場所がここ、ファンシーショップ ミルクポットです。当時はここに大行列ができていたらしいですが、もちろん閉業。周囲に人気はありません。

ミルクポット 外観2

 物理的に崩れゆくバブルの面影

ミルクポット 外観3

 バブルだからこそできたと思われる、無駄に豪華な装飾も無残な姿に。

ミルクポット 看板

 「ファンシーショップ」が何なのかはよく知りませんが、少なくとも清里まで行く意味はないですよね。まさに**「流行」が絶対的な力を持っていた時代**だからこそ、わざわざ清里まで行って雑貨を買ってたのでしょう(あとソフトクリーム)。

北野印度会社1

 他にも昭和あるある「有名人がお店開いてみた」シリーズの一つであるカレー店北野印度会社の廃墟や

town5-2

 廃墟と化したパチンコ店に隣接して、なんか雑に解体されている建物(カラオケ店らしい)があったりと、全体的に廃墟が目立ちます。そしてその多くが1980年ごろに建てられたようなので、完全にバブルの残骸です。

羽村市自然休暇村 入口

 清泉寮の近くには羽村市自然休暇村なる公共施設がありますが、こちらも最近になって急に閉館したもよう。

羽村市自然休暇村 看板

 閉鎖された入口のすぐ真横にはこんな看板が。

わたしたちを はなればなれにしないでください

なんか悲しいですね…

5:ソフトクリームまであと300m

road1

 それでは、清里の名所である清泉寮を目指しましょう。清里の移動手段は主にバスか自転車、徒歩ですが、今年度はバスが運休なので筆者はすべて徒歩を選択。結果、靴が目に見えて劣化するほどに歩くことになります。まず、いきなり道を間違えてちょっと遠回りに。

road2

 結局30分近く歩いてやっと清泉寮に到着しました。清泉寮は高原に広がる一連の施設"群"を指しているので、施設間も結構離れています。

本館

 そして遂に清泉寮を代表する景色ともいえる赤い三角屋根が特徴の本館に到着。筆者は清里に行こうと思った理由の1つがこの景色なんですが、というのも…

比較

 最近はなぜか[ベストテンを見ている]({{ ref “/dvd1” }})筆者ですが、その中で清泉寮から中継された映像があったんですよね(写真は「NAOKO ETERNAL SONGS」より河合奈保子「17才」(1981年放送) 「感じて My Heart♪」)。これを見て今も同じ景色なのか見てみたいと思ったわけです。
 比べてみると、木が1本なくなっていたり、階段の配置が変わっていたりしますがほぼ一緒です。40年経ってほぼ同じなのはなんか感動です。

看板

 そして、清泉寮といえばソフトクリーム。案内地図には多数のソフトクリームマークが並び、至る所にこんな感じでソフトクリームまで〇〇mみたいな看板が並んでいます。

ソフトクリーム

 そこまで推されたらもはや食べざるを得ない、ということで筆者も寒空の中、一人ソフトクリームを食べてみました。なんかどっかで食ったことがある味だな~ と思っていると…

truck

 目の前をスジャータのトラックが通り過ぎていきました

6:怒涛の徒歩移動

放牧地

 放牧期間はとうに終了し、牛のいない放牧地を前に行くところがなくなったので、ここで筆者は自然歩道を歩き回ることに。

渓流

 清泉寮の周囲には多数の自然歩道が設定されており、渓流沿いを歩いたり

シラカバ林

シラカバ林を歩いたりすることができます。

trail1-1

 清泉寮本館からそれほど離れていないのに携帯電話は圏外になる渓流沿いの道を1人ひたすら歩きます。

橋1-1

 渓流には橋がかかっていますが、残念ながら通行止め。

trail1-4

 周囲に人気はないですが、橋の下には何やら石が何かの意図をもって並べられていました

東沢大橋

 赤色の橋と紅葉の写真が撮れる展望台がありますが、人が多かったのでパス。別に展望台に行かずとも橋の上から十分な眺望が得られます。

まきば公園

 こちらも放牧期間が終わっているので、放牧地はほぼ空です。

ポニー

 いちおう、ポニーと

羊

 羊はいましたが、清泉寮から片道1時間近く歩いて行く価値があったかと言われれば微妙です。

ヤマネ

 その後、再び清泉寮に戻って売店でヌイグルミを物色。ジャージー牛とヤマネのヌイグルミを手に店内を見回っていると、なんと 「ヤマネのおやつ」なるお菓子を発見。「 これがセット商法か~」とか思いながら両方購入。

7:ほぼ「移動」でしたが…

ヤマネ2

 その後、あずさ50号で帰宅。出発が午前7時→帰宅が午後9時ごろなので実に14時間に及ぶ旅となりました。

駅 看板

 そのうち、清里駅との往復が約7時間と半分を占め、それ以外の多くの時間は徒歩移動だった印象。結果、二日経った今も筋肉痛が続いています。

富士山

 まあ、そんな感じで割と過酷な旅ではありましたが、バブル期の建物2000m級の山々が見られたことが印象的でした。特に兵庫県出身の筆者からすれば2000m台後半~3000m級の、雪で削られた山々の風景はかなり新鮮でした。

 というわけで、久しぶりの紀行をお届けしました。予想以上に長編になって執筆が大変だったし、そもそも出不精なので次回は未定です。

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